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羽鳥駿太
Darli'a
「人気になれば、もう一度友達と話せると思った」『今日好き』出演からYouTuber解散、
そしてステージへ
4人組ダンス&ボーカルグループ・Darli’aでラップを担当する羽鳥駿太。高校時代に「男子高生ミスターコン」で注目を集め、ABEMAの恋愛リアリティーショー『今日、好きになりました。』への出演、グループYouTuber「きゅーぱら」での活動を経てステージに立つという、異色の経歴の持ち主だ。順風満帆に見える歩みの裏には、冷ややかな視線に晒された教室と、コロナ禍に散ったグループの記憶があった。8月31日の3rdワンマンライブ『BLUE IGNITE』を前に、その現在地と半生、そして覚悟を聞いた。
松原大輔 / 編集・ライター
Darli’aのラップ担当、その現在地「実は低音ボイス、あんまり好きじゃないんですよ」
――まずは現在の活動から伺います。Darli’aではラップも担当されていますね。
羽鳥駿太(以下、羽鳥) メンバーの変遷があって担当が変わってきた部分もあるんですけど、一番最初はラップ担当としてスタートしました。もともと自分がラップを好きだったのもあって、「よかったら挑戦してみない?」くらいのテンションでお願いされたんです。自分から志望したというより、そういう機会があるなら挑戦してみようかな、という気持ちでした。
――ラップを好きになったきっかけがあったのでしょうか?
羽鳥 ケツメイシさんの『さくら』です。友達がラップパートをずっと歌っていて、「何その歌詞、おもろ」って自分も真似したのが原点でした。ゴリゴリのヒップホップというより、耳が気持ちいいというか、言葉で遊んでいる感じ。難しい部分を言い切れたときの達成感が好きだったんだと思います。
――普段からヒップホップを聴かれていたのですか?
羽鳥 いえ、結構オールジャンルなんです。小学生の頃から姉の影響でK-POPが好きで、BIGBANGや少女時代をよく聴いていました。ちょうどニコニコ動画やYouTubeが広まり出した時期だったので、ボーカロイドや歌い手さんの曲も。ジャンルごとに良さがあるので、1つに絞らずに聴いちゃうタイプですね。
――グループ曲のラップの歌詞は、どなたが書かれているんですか?
羽鳥 自分が書いています。歌詞は降りてくることが多いですね。言いたいことを直接言うのが恥ずかしくて、遠回しに言う癖があるんです。だから、ふわっと聴くとただ楽しいのに、実はちょっといいことを言っている、そういうリリックになっていたら面白いなと思っています。
――武器と言われる低音ボイスについてはいかがですか?
羽鳥 実は、あんまり好きじゃないんですよ(笑)。低い声ってなかなか届きにくいし、今は高いキーの曲が多い時代なので、もどかしく感じることもあります。ただ、メンバーに高い声の人がいるからこそ低音が活きる。そのバランスをもっと良くしていきたいし、自分のこの声を「いいものだ」と、もっと自分で思えるようになりたいですね。
――本格的に歌に取り組んだのは、Darli’aが初めてですか?
羽鳥 初めてですね。カラオケはしょっちゅう行っていたし、自分の気持ちいい歌い方もあったんですけど、へし折られましたね(笑)。この世界に入ると本当に上手い人を見るので、「自分が思っていた“上手い”と全然違うんだ」と。ただ音楽はずっと好きなので、最近は「上手いと言われる部類の中で、俺にしか出せない歌い方を見つけたい」という気持ちに変わってきています。
人生を変えた「ミスターコン」から歩み始めた芸能活動
――ここからは、これまでの歩みを遡ります。どんなご家庭で育ったんですか?
羽鳥 8人兄妹で、男女4人ずつなんです。母が音大出身で、姉と妹は幼い頃からピアノを習っていました。だから音楽の道に進むことは、親からすると一番嬉しい選択だったと思います。知り合いのお子さんの面倒を見る機会も多くて、「面倒見がいいから」と親に手伝いを頼まれるような子どもでしたね。それもあって、中学の頃は保育士になりたかったんです。
――中学の頃はどんな青春を過ごされていたのでしょうか。
羽鳥 柔道部で頑張ってました。今はイメージないですよね(笑)。仲の良かった先輩に「よかったら柔道やらない?」と誘われて、二つ返事で入りました。大真面目に打ち込んでいたかというと、そうではないんですけど、上下関係や先輩を重んじる礼儀の部分は柔道部が厳しくて、そこは今も自分の根幹にずっとあります。
――保育士ではなく芸能の道に進まれたのは、やはりミスターコンがきっかけでしょうか。
羽鳥 そうなんです。姉が保育士を目指していると知って、兄妹と同じことはやりたくないなと思って(笑)。それで一時は美容師を目指していました。ミスターコンに出たのは高校2年のとき。同級生に「1人で出るのは寂しいから一緒にやってみない?」と誘われて、付き添いのつもりで応募したんです。そうしたら友達は途中で落ちてしまって、ありがたいことに自分だけ関東で勝ち残らせていただいて。自分がやりたくて応募したというより、完全に友達の付き添いでした。
――当時から芸能界への興味はあったのでしょうか?
羽鳥 当時は読者モデルが人気の時代だったので、「すごいな、こういう世界もあるんだな」と少し興味がある程度でした。まさか自分が行けるとは思っていなかったです。でもミスターコンに出て、応援される、今で言うファンがつく経験をして、「自分にもこういうことができるんだ」と。そこから「できるならやってみたい」という気持ちでずっとやっています。
――出場後、学校生活はどのように変わりましたか?
羽鳥 いい意味でも悪い意味でもめちゃめちゃ変わりました。高1の頃は友達も多くて、誕生日を祝い合うような順風満帆な学生生活だったんです。でもミスターコンで勝ち残り始めた頃から、当時の地元はインフルエンサーに寛容な時代ではなかったこともあって、冷ややかな目で見られることが増えました。仲が良かった友達が急に話しかけてくれなくなったり、学校でひそひそ話をされたり。
――それはつらい経験でしたね。
羽鳥 それで凄く悔しくなったんです。「そういう目で見られるなら辞めよう」ではなくて「やってやろう」「見返してやろう」って。人気になればそういう目では見られなくなるだろうし、何より、仲が良かった友達ともう一度普通に話したかった。もう一度友達になれるなら、なりたいなって。
――高校に通いながら芸能活動をされていたわけですね。
羽鳥 実は途中から、通信制の高校に転校したんです。モデルの撮影や仕事が増えたのもありますが、学校の授業だけでは学べない、人間関係や礼儀作法のような部分で学びたいことが多すぎたんです。それで、授業のテキストを先に全部提出して、テスト以外の時間はお世話になっていた先輩のもとにいました。実家が埼玉の北のほうで、都内まで2〜3時間かかるので、先輩2人がシェアしていた家のリビングの一角を貸してもらって、1年足らず住まわせてもらっていました。付き人みたいな生活でしたね。
――『今日、好きになりました。』への出演もこの頃ですね。
羽鳥 2017年ですね。モデル時代に知り合った担当の方から「今日好き」という番組を作ると聞いて、出演させてもらいました。あの頃の「今日好き」と今の「今日好き」はかなり違うと思いますけど、間違いなく分岐点でした。出演した頃にはもう転校していたので、地元の反応を直接は知らないんです。でも、今でも仲のいい友達から「みんな結構見てたよ」と聞いて。冷ややかだった空気が「頑張ってるね」に少しずつ変わっていったみたいです。
喫茶店で誓ったYouTube、コロナ禍の解散
――そこからグループYouTuber「きゅーぱら」の結成に至ります。
羽鳥 ミスターコンで一緒だった千皓と、今日好きで知り合ったにきぽんと、同世代の3人で意気投合したんです。当時の自分はランウェイやイベントに出てお金をいただいていたんですけど、千皓が「自分が商品になるより、エンタメを提供して、それに対価をいただくほうが幸せじゃない?」と言って。確かにそうだなと心が動きました。喫茶店で「ガチでやろう」と誓った瞬間は、いまだにはっきり覚えています。グループ名も、投稿ペースも、どんなコンテンツを上げるかも、そこで全部決めました。
――もともとYouTuberへの憧れはあったのですか?
羽鳥 小学6年生くらいの頃から、流行る前のYouTubeをずっと見ていた側なんです。HIKAKINさんのことも周りの誰も知らない頃から見ていて、「いつか自分が人気になる手段として使ってみたい」とは思っていました。ただ、1人では踏ん切りがつかなくて。そのきっかけをくれたのがあの2人でした。
――登録者数も増え、この頃のYouTube活動は順調だったように見えます。
羽鳥 同じ3人組のグループYouTuberはほかにもいましたけど、リーダーの千皓の力が大きくて、流れはすごく良かったと思います。キャラクターがはっきりしていて、グループとしての相性は本当に良かったです。
――その後、2021年に解散という選択をされます。
羽鳥 ちょうどコロナ禍でした。リアルな話、YouTubeだけで生活できていたわけではなくて、事務所にも所属していなかったので、サポートしてくれる人もいなかった。自分たちの発案でファンミーティングを企画しても、緊急事態宣言で延期が重なって、グッズの製作費も会場代も自分たち持ちで大変でした。そういう時期に、仕事の話をするとぶつかることが増えていきました。「楽しさを優先したい」「仕事なんだから、ここは守ろう」と意見がぶつかるようになって。でも、どっちも間違っていないんですよ。ただ、友達だったからこそ、ぶつかる部分が顕著に出てしまったんだと思います。
――改めて振り返ってみていかがでしょうか。
羽鳥 今はDarli’aに入れて、Darli’aがめちゃめちゃ好きだから、この結末でよかったと思っています。でも、もし今Darli’aをやっていなかったとしたら、続けたかったですね。解散からしばらくして、コロナが落ち着き始めたので、あそこを耐えて繋ぎ止められていたら、と思うことはあります。始めた頃はみんな19歳くらいで、解散する頃には21歳になっていて。今思うと、大人になりましたね。
――解散後、少しソロでもYouTube活動をされていますね。
羽鳥 ソロでYouTubeは少しやりました。でも、ほかの誰かとグループを組むことだけは絶対に嫌でした。自分の中で、グループYouTuberはきゅーぱらが全てだったので。大好きだったからこそ、他でやりたくない。ただ、ソロだと時間配分も難しいし、きゅーぱらの頃の動画と比べると、自分で面白いと感じられなくて。そのギャップに自分が耐えられなかったんです。
消される覚悟でステージに立つ「売れていないなら、いらないのと同じ」
――そしてDarli’aへの加入につながります。経緯を教えてください。
羽鳥 ソロになったタイミングで、以前から業務提携していた事務所に所属し、今後について色々と相談していたんです。そのときに「こういうグループを作りたいんだけど」と、ダンス&ボーカルグループのDarli’aを紹介されました。
――迷いはなかったですか?
羽鳥 正直、YouTuberからいわゆるメンズグループに転向する度胸はなかったです。怖すぎました。ただ、ずっと悩みながら長く続けてきて、「挑戦できるなら、このタイミングかな」と思い切りました。
――初ステージは覚えていますか?
羽鳥 よく覚えてます。付け焼き刃というか、見せ方が何も分かっていなかったですね。気持ち悪くなるくらい緊張しました。今でも緊張はするんです。でもそれは失敗が怖いというより、期待に応えたい、みんなの予想を超えたい、完璧でいたい、そういう気持ちが大きいからだと思います。
――YouTube時代から応援してくれていたファンは、転向をどう受け止めたのでしょうか。
羽鳥 動画を投稿している自分を見て好きになってくれた人たちなので、まさか歌の道に行くとは思っていなかったはずなんです。戸惑いの声もありました。それでも覚悟を持ってついてきてくれた人がすごく多くて、頭が上がらないです。時間を合わせて足を運んでくれて、SNSもチェックしてくれて。やろうと思っても、なかなかできることじゃないですから。自分が想像できないくらい、普段から頑張ってくれているんだと思います。
――ファンへの向き合い方には、高校時代の経験も影響しているように感じます。
羽鳥 嫌われるのが怖い、というのはあるかもしれません。ただ、それ以上に、自分、人が好きなんですよ。人の優しさを無下にしたくない。半分依存に近いくらい、「この人たちのためなら何でもやりたい」と思ってしまうんです。友達に「今から飯行かない?」と言われたら絶対に飛んでいくタイプなんですけど(笑)、ファンのみんなに対してもそれと同じ気持ちです。
――ファンのためにもより知名度を高めていかなければいけませんね。
羽鳥 リアルな話、売れなきゃいけない世界じゃないですか。大人からすると、売れていないなら、いらないのと同じ。厳しいですけど、それが当たり前だと自分は思っています。応援してくれる人がいる自分のこの世界が消されることも、ずっと視野に入れています。だったら、どっちが幸せなのかと考えたら、絶対に売れたほうが幸せだし、応援の気持ちに全力で応えるために何をするべきかを常に考えています。いつか武道館のような大きいステージで、「ここまでたどり着いたよ」と言えたらいいですね。
――改めて今後の目標を教えてください。
羽鳥 Darli’aとしては、「知ってる、いいグループだよね」と言ってもらえるくらい認知度を高めたいし、俺らにしか出せない色や空気感をもっと強めていきたいです。日々の生活の、楽しいときも悲しいときも支えられる音楽を届けたい。個人としては、いろんな歌を自分の色で歌えるようになりたいですね。曲へのリスペクトが強すぎて、歌うとどうしてもモノマネに近くなっちゃうんですよ(笑)。それを自分色にアレンジできたら、Darli’aの曲での表現ももっと強くできると思うので。最近はギターも覚えました。コード進行が分かれば自分たちの曲をもっと深く理解できるし、実家で母がピアノを弾いて、その周りでみんなが歌っていた光景を、いつかギターでもつくれたらいいなって。
――8月31日には3rdワンマンライブ『BLUE IGNITE』が控えています。
羽鳥 メンバーが変わってきて、今、グループの結束力がすごく高まっているんです。昔のDarli’aの良さも踏襲しつつ、Darli’aへの愛が強まった今のメンバーだからこそ出せる良さを見せられたらいいなと。難しいことは考えず、「ただただ楽しみだな」という気持ちで来てほしいです。僕も全力で楽しんでやるので。
――最後にファンの皆さんへメッセージをお願いします。
羽鳥 みんなが思っている以上に、応援のありがたさを感じています。それをちゃんと歌で、音楽で、感動として返せたらいいなと思っているので、Darli’aで活動している自分を、これからも見ていてくれたら嬉しいです。本当に、ありがとうございます。
2026年8月31日(月)
白金高輪 SELENE b2
Darli'a 3rd ONE-MAN LIVE 2026
『BLUE IGNITE』
OPEN 18:00/START 18:45
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(インタビュー写真)編集部
(協力)Fate Creation
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