
2026.6.2

REI
きっかけは
「この学校にダンス部はないの?」
恩師の一言でステージをめざした
ソロアーティスト・REI
ソロのダンスヴォーカルとして活躍するREI。ボーイズグループを卒業後、新たに選んだ道では「未来にワクワクしています」と目を輝かせる。高校時代にダンスと出会うも、プロになれず長く葛藤を抱えていた時期も。いかにして、ソロアーティストとしてのステージに立ったのか。その歩みを追った。
カネコシュウヘイ / ライター
人生を変えた高校時代の恩師の言葉「この学校にダンス部はないの?」
小学校時代にはピアノを習い、中学校時代にはバスケットボールで汗を流した。その後、入学した高校では友人たちとつるむ日々に。目標もなく過ごしていたREIの人生を変えたのは、高校2年生で赴任してきた新任の教師だった。
「生き方が破天荒で、プロのDJになるか教師になるかの2択で教師を選んだ先生でした。教室に入って開口一番『この学校にダンス部はないの?』と僕らに聞いてきて、正直『若気の至り』みたいな学校生活を送っていた僕らにはその言葉が響いたんです」
一緒にダンスをはじめた友人も、日が経つにつれて1人2人と減っていく。しかし、自分は高校卒業までがむしゃらに踊り続けた。
「学校では文化祭でも踊りました。ただ、基礎をしっかり学んだかといえばそうではなくて。アルバイトで稼ぐといってもたいした金額にはならないし、ダンススクールに通えなかったんです。かわりに、街中にあったストリートダンスを愛する人たちが集まる場所に通い、出会った仲間が主催する大会に出て、クラブでも踊っていました」正社員として就職するもやはりダンスはあきらめられず
高校卒業後は、大学に進学した。元々は、ダンスをきわめるために音楽の専門学校へ進学したかった。しかし、小学校時代に習っていたピアノ、中学時代に打ち込んでいたバスケットボールも辞めた過去もある。将来を心配する親からの「将来を考えたら、大学へ行った方がいい」という一言を受けて、ダンスを続けるために別の道を選んだ。
「親からすれば、僕自身が『本当に続けられるのかどうか』という不安もあったんだと思います。当時は、ダンスへの真剣さも伝わらなかったのかなって。それもあったので、大学時代もダンスには打ち込み続けた。自分がどれほど本気なのかが親に伝わればいいと思っていたし、大学では講義の時間以外は構内にあったダンス仲間の集まる場所に行って、ひたすら踊っていました」
大学3年生から4年生にかけては、周囲が進路を意識しはじめる。REIも例外ではなく「卒業したら、何をすればいいのか」と迷っていた。
「ダンスには自信があったんです。ただ、仕事にするには選択肢が分からなかった。大学時代友人のお母さんがやっているダンススクールでアルバイトもしていたので、ダンス講師の道も考えたんです。ただ、踏み切れなくて。卒業後は、大学時代から続けていたアルバイト先のバーで、不動産関連の会社を経営している常連さんから『ウチに来ないか?』と誘われたので、一度は正社員として就職しました」
しかし、約4か月で退職。その後は、登録制の“力仕事”で生活を続けながら、それでも、ダンスでの夢を追い続けた。
「正社員時代とは違い、時間もわりと自由だったのでダンスに費やせるようになったんです。地元に住んでいたので、仕事以外の時間は街中にあったストリートダンスを愛する人たちが集まる場所に通い、踊っていました。ただ『オレ、何やってるんだろう』とも思って。高校時代、一緒に踊っていた仲間は就職して、結婚して、もうその場にはいない。ダンスを続けていても、プロになったわけではないし、自分だけが取り残されている感覚でした」ヴォーカルへの挑戦で厳しい言葉も「お前はダンスだけやってろ」
自分から動かなければ、何も変わらない。ダンスでの成功をつかむためにREIは、SNSでダンス動画の発信をはじめた。地道に投稿を続け、次第にその輪は広がりはじめる。その後、3人組音楽ユニット・WHITEJAMの大阪公演で、オーディションを経て務めたバックダンサーの経験が本人の人生を変えた。
「プロになる選択肢として『可能性があれば』と思い、応募してみたんです。そうしたらみごとに受かって、ステージはSNSで繋がったファンのみなさんも応援してくれました。初めての経験で、思ったんです。バックダンサーではなく、ステージのメインアクトとしてスポットライトを浴びたいって。ぼんやりしていた夢が形として見える、ターニングポイントでした」
勢いに任せて受けた、ボーイズグループのオーディションに合格。ダンスヴォーカルとしての第一歩を踏みはじめた。しかし、順風満帆とはいかない。高校時代から続くダンスには自信があったが、新たに挑むヴォーカルでは苦労もあった。
「グループに入っても歌割りをもらえないし、ダンスへの自信が裏目に出て『お前はダンスだけやってろ』と厳しい言葉もいただきました。でも、それまで経験してこなかったので、頑張ろうと思って。ビブラートの出し方ひとつ分からない状態から基礎を学んで、グループの楽曲では高いキーを求められたので、筋トレのように『のどをぶっ壊しては休ませ、再び歌う』の繰り返しで、苦手を克服していきました」
何事も「できない」とは言いたくない。根拠がなくとも、自分のパフォーマンスには自信があった。ボーイズグループのメンバーとしてステージを重ねる中では、常に悔しさをバネにしてきた。
「他のグループとの対バンでも『パフォーマンスは自分が一番上手い』と、考えていたんです。ただ、それでもやっぱり人によっては差を感じる。そう思う自分が悔しいから、歌もダンスも人一倍努力してやろうって。グループ時代は、リーダーがステージ経験豊富な方だったので、よく観察していましたね。盗めるところは盗み、マネできるところはマネして、ステージにも活かしてきました」青春時代に見た『ミュージックステーション』への出演を目標に
グループ時代にも、ソロ楽曲を配信リリース。グループを卒業して新たに、ソロアーティストとして活躍する下地はあった。そして、2026年2月にはソロ活動がスタート。自分を支えてくれるスタッフ、応援し続けるファンの思いも背負い、たった1人でステージに立つ。
「グループ時代の経験も活かして、成長した姿を見せなきゃいけないと思っているんです。目標もたくさんあります。例えば、音楽番組への出演。平成の青春時代を生きた僕らの世代にとっては、テレビが音楽の主流でしたし『ミュージックステーション』に出たいのは、ずっと抱いている夢ですね。全国でどこを歩いても声をかけられるぐらいの存在になるため、上へ上へと登っていきたいです」
ソロアーティストとしての強い責任を感じながらも「未来にワクワクしています」と、笑顔で語るREI。その胸中では、かつてダンスの魅力に気づかせてくれた高校時代の教師、そして、活動を見守る親への感謝もある。
「先生とは高校卒業以来、会っていないんですよ。ただ、もし思いを伝える機会があるなら『人生を変えてくれてありがとうございます』と言いたいですね。親への感謝もあります。グループ時代から熱心に応援してくれた母は亡くなってしまったんですが、天国で今も見守ってくれているんだろうなって。父はたまに会うと『ダメだったら、そのとき考えればいい』と言ってくれて、僕をそっと応援してくれるのがうれしいです」
時には迷いながらもたどり着いた、ダンスヴォーカルとしての道。ステージをさらに重ねていく中で、REIの人生はよりいっそうの輝きを放つはずだ。
(C)LIVE ARTIST PRESS
(写真提供)REI
(インタビュー写真)編集部
(協力)Fate Creation
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